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過去の作品をサルベージ。
この続きもいつか書きたい。
それでも、隣で笑うこどもを見れば幸せだったし、その笑顔は相変わらずキラキラとお日様のようだった。
それが例え、果実が熟れて崩れ落ちる、その手前のような一瞬だったとしても。
ポカポカ・・と日差しが窓際に降り注いでいる。
一見すると温かく見える冬の日差しだ。そんな表裏一体の日差しの真ん中で、やっぱり日差しのようにキラキラした髪の色をした子どもが丸くなって眠っている。
柔らかそうなクッションに埋もれるように顔を埋めて、すぅすぅと惰眠を貪る姿は、酷く幸せで、温かい光景だった。
カカシは、そんなナルトを見つけて、その口元をひっそりと綻ばせた。
ナルトの寝顔が穏やかだ。
どうやら今日は、安定しているようだ。
それでも、しょせん冬の日差しでは風邪をひいてしまうのではないか、とカカシがそっとナルトに毛布をかけてやると、そのわずかな刺激に反応したのか、ナルトの閉じられていた瞼がひくり、と震えた。
しまった起こしたか、と思いつつもカカシはナルトが目覚めたことに満足していた。
ぼんやりと焦点のずれていた青い瞳が、次第にカカシをその中に映す。真っ青な海みたいな中に浮かぶ己の姿に、カカシは満足げに、嬉しげにうっすらと笑みを作る。
「ゴメンね、ナルト。起こした。」
そう言って、頭を撫でてやると、ナルトはまるでネコのように目を気持ち良さそうに細めた。
「カァカァシセンセー・・・。」
酷く間延びして、そしてどこか輪郭のぼやけた言葉。
まるで、解ける寸前の砂糖菓子のようだ。それは、あきらかに異常の片鱗を見せていた。
けれど、カカシはその言葉に満足していた。安堵していた。
ナルトがまだ、自分を覚えてくれている。
「どうした?ナルト。」
左右色の違う瞳で、優しく微笑めば、つられるようにナルトも笑った。
「おなか、すいた。」
「そろそろ昼ごはんの時間かもな。おいで、ナルト。」
「う。」
空腹を訴えながらも、眠そうにゴシゴシと目を擦る。そんなナルトに、両手を差し出せば、ナルトはごそごそと拙い動きでその腕に捕まった。
その様は酷く幼くて、とても12才、もうすぐ13才になる人間のものとは思えなかった。
それでも、カカシはナルトを優しく抱き上げて、まるで赤ん坊をあやすようにその背を撫でる。
抱き上げた体から伝わる体温はほかほかと温かい。
昔と何一つ変わらないナルトの体温。
カカシは、抱き上げたナルトの肩に顔を埋めながら、その変わらない体温を味わう。
「ナルト何食べたい?」
「らぁめん。」
「お前はいつもそれしか言わないねぇ。」
「らぁ、めん。らーぁめん。」
「わかったわかった。その代わり、夜はちゃんと野菜食べさせるからな。」
「野菜、やぁー。」
「ラーメンばっか食べてたら火影になれないぞ。」
「ほかげ・・。ほかげってうまい?」
とうとう、ナルトの中から『火影』という言葉すら消えてしまった。
それはすなわち、ナルトの夢が消えたことなのだろうか。
カカシは、胸の奥がつん、と痛んだ様な気がした。それは、もう慣れてしまった痛みだった。
「おいしいかもなぁ。」
いつもの様子を装って、適当に話をあわせる。
そんなカカシに、ナルトは何が楽しいのかケラケラ笑った。
シアワセな光景だった。
ナルトがシアワセそうに笑っている。笑っている。笑っている。笑っている。
腹の中にある九尾に悩まされることもなく、里の人間の罵詈雑言に悲しむことも憤慨することもない。
ただ、空っぽな笑い声だけがある。
シアワセだった。シアワセだ。
でも、カカシはいつだって胸の奥が痛かった。
最初にその異変に気づいたのは、サクラだった。
「先生、ナルトがヘンなの。」
真剣な表情を浮かべて、サクラがある日そういったのは、いつものDランクの任務が終わって、サスケとナルトが姿を消したその後だった。
遠くでカラスが鳴いていた。
太陽がオレンジ色に染まって落ちていく。
見事なまでの夕暮れだった。
「ヘンって何が?」
何か言いたそうなサクラの気配を察して、いつものように消えずに待っていたカカシは、サクラの言葉に首をかしげた。
その胸には、嫌な予感を抱きながら。
ナルトがヘンなの。
サクラの真剣に心配するその言葉に、カカシの胸がざわつく。
そのざわつきは、ずっとカカシの胸の奥にあったものだ。でも、それをカカシは見ないふりをしていた。
「最近物忘れが激しいの。ちょっと前のことでも忘れるのよ。最初はふざけているのかと思ったんだけど、ナルトは真剣なの。
ホントに覚えてないのよ。それが、例え一分前のことであっても。」
サクラは、顔を曇らせて、一気に口にした。
その恐れと心配をまぜこぜにしたような口調から、サクラがずっと気にしていたことがうかがい知れた。そして、それはカカシも一緒だった。
それでも。
「・・・サクラの気のせいじゃないの?」
カカシはそう口にした。その声が、かすれていることは自分でも気づいていた。そんなカカシに、サクラは困ったように眉を寄せて、首をふった。
「気のせいじゃないのよ、先生。今日だって、私、ナルトに任務の内容を3回も教えたのよ。今日の任務は草むしりなのに、3回も聞くことかしら。」
躊躇いながらも、サクラが口にしたその事実は、カカシをもう逃げられない崖まで追い詰めるものだった。
そしてさらに追い詰めるように、サクラは言うのだ。
「本当は先生だって、気づいているんでしょ・・・・・?」
カカシは目の前が真っ暗になるのを感じた。
あの夕暮れから、もうどれほどの時間がたったのか、カカシには分からない。
ナルトと暮らしていたこの部屋で、カカシはゆっくりとナルトが壊れていく様を見ていた。
はじめは、小さなことからだった。
自分で買ったものを忘れる。自分で置いたことを忘れて探す。今日自分がした事を忘れる。
忘却という闇が、ナルトを飲み込んでいくのはあっという間だった。
カカシは、その闇をなんとか拭いたくて、任務も何もかもを放棄して、ナルトが壊れていくのを止めたくて、止めたくて、手をつくしたが、結局は無駄だった。
『若年性アルツハイマー』
それが、ナルトに下された診断だった。
無機質に響く医者の声に、カカシはぼんやりと「世の中には色々な病気があるんだなぁ」とまるで、他人事のようにきいていた。
そのころには、ナルトの異常は明らかで、カカシはそんなナルトに付き従うことに慣れてしまい、そしてそれでもナルトが愛しい自分に気づいていた。
「老人のアルツハイマーと簡単に言ってしまえば一緒です。
最後には、寝たきりになって衰弱して死んでいきます。ア・・彼のように、子どものうちに発症することは極めて珍しいですがね。」
慣れない診察に疲れたのか、無防備にカカシの腕の中で眠るナルトを一瞥することもなく、医者はそういったが、もうそれは今更な診断だった。
カカシは、その後にこれから表れるであろう症状を説明する医者の話を右から左へと聞き流しながら、腕の中で眠ってしまったナルトの髪の毛を優しく梳いていた。
ナルトは、もう随分と色々と忘れてしまっていた。
まず、アスマや紅などのほかの上忍を忘れ、そしてシカマルなどの仲間も忘れていった。
「だぁれ・・?だれなんだってばよ?」
文字通りなにも知らない、無垢な子どものような笑顔で、ナルトは訪れた人間を傷つけた。
つい昨日まで覚えていたのに、忘れられた人間たちは皆一様に顔を歪め、忘れられてしまった、という事実に泣くのだ。
忘れられてしまった、という事実を認められず、堪らずナルトに縋りついたり、怒鳴ったり、怒ったりする人間もいたが、結局ナルトは笑うだけなのだ。
怒鳴られても、縋りつかれても、ナルトはニコニコ笑うだけった。
カカシは、そんな時はいつだって少しは慣れた場所から見守る。かつて、ナルトを嫌悪し、排除しようとしていた人間たちが、ナルトに忘れられて、傷ついていく。
それは、まるで残酷な復讐のようだった。
1人、また1人、と肩を落として去っていく後姿も、カカシはもう見慣れてしまった。
「センセー。センセー。」
ナルトの甘い声がする。
カカシは、していた作業を止めて、ナルトの傍らに座る。
ナルトが起きている時の定位置は、日当たりの良い縁側の、クッションの上だ。
桜色にグルグルと赤い刺繍でなると模様がかかれたクッションは、サクラが置いて行ったものだ。
他の人間と比べて、比較的最近までナルトの頭に記憶されていたサクラも、つい先日その存在を消されてしまっていた。
サクラは、ナルトが自分を忘れた翌日に、赤い目をしてこれを持ってきた。
『ナルトにあげて先生。私の事を忘れてしまったナルトに、私は何もして上げられないから。私を忘れたナルトの傍にいるのはツライもの。
でも、傍にいたいの。ナルトはもう私の事は覚えてないけど、私はずっと覚えてる。忘れない。それは、その証なの。ナルトが知らなくてもいいの。
私のために、あげて。』
そこまで一気に喋って、サクラは初めて泣いた。ワンワン、とまるで子どものように声を上げて泣く姿は、サクラにしては珍しかった。
きっとそれほど哀しかったのだ。
身のふりも構っていられないほど、ナルトが忘れてしまったのが哀しかったのだ。
「なんで覚えてねぇンだよ!!」と怒鳴って掴みかかったサスケ。
「面倒くせぇヤツ・・」と言いながら、俯いて動けなかったシカマル。
ただ、何も言えず泣き続けたヒナタ。
医学書をはじめ、民間療法、ありとあらゆる治療法を探し出そうとしたイルカ。
みんなみんな、最後は泣いていた。
その涙は他の誰かのものだったけど、いつかカカシのものになるかもしれない涙だった。
「どうした、ナルト。」
シアワセだといい。
全てを忘れて、九尾の存在すらも忘れて、ただ1日のほとんどを眠って、そして笑いながらすごすナルト。
1日、この家に閉じこもって過ごしているから、かつてのように見知らぬ誰かの暴力や悪意に晒されることはない。
カカシがナルトのために買った、里のはずれのこの家でただ、笑っている。
ケラケラと笑う子どもの横で髪を梳いてやる。ナルトは、こうされるのが好きらしい。
何か不機嫌なことが合ってぐずっても、カカシがこうするとすぐに機嫌が良くなる。
もし、ナルトが少しでも自我が残っていて、少しでもその本音が聞けるのならば、カカシは聞いてみたい、「ナルトは今シアワセ?」と。
少なくとも、カカシは今シアワセだった。
ナルトと2人だけの生活。
血なまぐさい任務や煩わしい事の何一つない日々。
1日、ナルトの傍でナルトの心音を聞き、ナルトの体温を感じる。
ナルトはキラキラ笑って、迷うことなく自分に手を伸ばしてくれる。
いつかは、自分もナルトの中から消えて行くかもしれない、という不安がないといえば嘘になるが、たとえナルトが自分を忘れてしまっても、カカシはシアワセなのだ。
「センセェー、大好きだってば。」
「俺も、ナルトが大好きだよ。」
ナルトが笑ってる。笑ってる。それだけでいい。
この2人しかいない小さな楽園の中で、カカシはいつだって優しく微笑んでいた。